2010年09月10日

新城へ その2

以前、このブログでお話しましたが、宮城谷昌光氏の「風は山河より」を読んでから菅沼氏や三河の武士、ゆかりの地へ行くことが非常に多くなっています。

▼泉龍院
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▼野田館
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2010年09月09日

新城へ

翌日も東三河の新城市へ行きました。

日帰りで湯谷温泉です。私は今回初めてだったのですが、奥さんは以前からよく行っていたところです。

▼湯谷温泉 湯の風HAZU
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2010年09月03日

長沢城址

▼長沢城址
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長禄2年(1458)、松平宗家3代信光の子親則が築き、岡崎市岩津より移り住み、長沢松平家の祖となる。

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2010年09月02日

伊奈城址

室町時代に本多定忠・定助によって築かれる。天正18年(1590)、本多康俊が家康の関東移封に従って下総小篠で5千石を領して移るまで、百数十年間、本多氏の居城だった。その後、伊奈城は廃城となる。

▼伊奈城址
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2010年07月21日

岡崎城へ

週末に岡崎城へ行ってまいりました。今回で3回目です。

天守や三河武士のやかた家康館、そして城内を一周してきました。

岡崎は周知のとおり、家康公生誕の地であり、特別な場所です。

岡崎市に行くと、感じることがあります。良い意味で歴史や文化が育んだ重厚感があります。

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2010年05月24日

豊田へ

先週末、豊田市へ行ってまいりました。

豊田市郷土資料館→寺部城址→守綱寺(しゅこうじ)→金谷城址→長興寺→桜城址→七州城址→誓願寺→上野城址→上野下村城址

こんな感じで城址めぐりをしてきました。

初めて守綱寺へ行きました。徳川十六神将の一人である渡辺守綱公の菩提寺です。守綱寺へ行く前に寺部城址で地元の方に声をかけると懇切丁寧に教えて頂き、大変勉強になりました。・・・(感謝)

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2010年05月21日

週末

今週末は、豊田市の城址めぐりへ行こうと思います。

また、奥様に怒られそうです。・・・(笑)

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2010年05月20日

牛久保城址

永正4年(1507)、吉田城主の牧野古白は、今川氏親の攻撃を受けて討死し、戸田金七郎宣光が入ったが、牧野一族が直ぐに奪回する。享禄2年(1529)、一色城主で牧野古白の子・成勝が一色城の西に牛久保城を築き、一族の牧野保成を城主とする。弘治年間(1555〜1558)に成勝は今川義元の攻撃を受けて西条城へ移る。永禄3年(1560)、桶狭間の戦いで今川義元が討たれると、牧野成定は徳川家康の攻撃を受けるが、その後、家康に従属する。

現在は、JR飯田線牛久保駅東側の踏み切り横に石碑が立っています。

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2010年05月19日

桜井城址

松平泰親は信光と共に岡崎、安城へ領地を広げ、文明3年(1471)、安祥城を攻め取り、桜井城も所城となった。1520年代に松平親忠の子・親房が入城するが、嫡子が無く、松平長親の子・信定が桜井へ移り住み、桜井松平家の祖となる。

現在は、城山公園となり、公園横に桜井松平氏の墓所がある。

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2010年05月18日

藤井城址

松平長親の居城安祥城の支城として、福釜城、桜井城と共に築かれた城です。南方の東条吉良氏の備えを目的とし、松平長親の子・利長が藤井に住み、藤井松平家の祖となりました。
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2010年05月17日

福釜城

松平長親が安祥城の支城として築き、永正12年(1515)、長親の子・親盛が13歳で入城し、福釜松平氏の祖となる。その後、親次が松平清康に仕え、享禄3年(1530)、宇利城攻めで討死。親俊は、松平広忠、その子・徳川家康に仕え、天正3年(1575)、二俣城攻めの際、陣中で発病し福釜で亡くなる。
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2010年05月10日

西三河へ

週末、西三河散策へ出かけました。安城市の桜井城址、本證寺、藤井城址、安正寺、福釜城址、宝泉院、碧南市の称名寺です。

福釜城址が見つけることができずに地元に方に教えていただき、ようやく近くまで行くことができました。
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2010年05月07日

田原城址

田原城は、文明12年(1480年)、戸田宗光により築城され、戦後時代は戸田氏の三河湾支配の拠点となりました。

現在、城址には、田原市立博物館があります。博物館には、江戸時代後期の田原藩家老である渡辺崋山の史料が充実しています。

画家であり、蘭学者の顔を見せる崋山ですが、『蛮社の獄』で幕府より国元で蟄居を命じられ、最後は藩に迷惑がかかるとして、切腹します。

そんな波乱の人生を歩んだ渡辺崋山の生涯が勉強できます。
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2010年05月06日

東三河へ

連休中に東三河へ小旅行を楽しんできました。

今橋城址(吉田城址)、田原城址、牛久保城址など巡ってきました。

簡単な下準備をしておきましたが、お恥ずかしい話、月谷(わちがや)城址だけは途中であきらめてしまいました。

地元の方に教えていただき、簡単な目印をもとに道なき道を登っていったのですが、なかなか見つけることができず、日頃の運動不足も相まって足が棒になってしまいました。そして、無念の下山です。・・・(苦笑)

奥さんには車で待機してもらっていましたが、なかなか戻って来ないので、心配したそうです。

当たり前なのですが、山を舐めるととんでもないことになるので、しっかりと準備して、近日中にリベンジしたいと思います。

私の趣味である“城めぐり”ですが、となりで奥さんにブツブツと文句を言いながらも付き合ってくれました。・・・(本当に感謝です。)

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2010年01月19日

三河へ

週末、蒲郡へ行ってきました。

“昨日の「風は山河より」の影響”とまではいいませんが、歴史は現場へ足を運ぶことからだと思います。

私の趣味である城めぐりです。

一般的には城と言えば天守や石垣があると思っているので、私が行くような城址などは石碑が建っているだけとか、石碑が建っているならまだしも目印がなにもないところもあるので、付き合わされる奥さんは溜まったものではありません・・・(笑)。

もちろん、私の趣味だけだとお叱りを受けるので、奥さんの用事の合間に差し込んでいます・・(冷汗)。

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2009年12月03日

刈谷城

天文2年(1533)、水野忠政が築城。築城後忠政は本拠地を緒川から刈谷に移す。徳川家康生母・於大の方は刈谷城から岡崎の松平広忠に嫁している。
織田信長の家臣・佐久間信盛の領有となる。後に信盛は信長に追放され、水野忠重が城主となり領有に復した。
忠重、勝成、忠清と5代百年の水野氏の居城を経て、寛永9年(1632)に深溝松平家入城。その後、久松松平家、稲垣氏、阿部氏、本多氏、三浦氏と頻繁に城主の交代があった。延享4年(1747)より土井氏が入封する。

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2009年11月25日

足助城址

香嵐渓には過去に何度か行きましたが、実は近く足助城址には今回が初めてです。足助城址は標高301mの真弓山頂上に立ち戦国時代に鈴木氏の居城し、真弓山城とも呼ばれていた。旧足助町(現在は豊田市)が町制100周年の際に再建したもので、本丸からは足助の町並みや飯田街道が一望できる。正直今回驚きました。しっかり再建されており、是非一度は行っていただきたい城址です。
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2009年11月24日

香嵐渓

昨日、香嵐渓へ行ってきました。愛知県内の方々でしたら、一度は行ったことはあるのではないでしょうか。県内では有名な紅葉のスポットで私も気分転換に出かけました。さすがにこの季節は多くの方が来られており、大渋滞の中、約3時間ほどかけて到着。通常なら1時間半程度の道のりです。でも到着してから紅葉を眺めながらゆっくりしていると良い気分転換になりました。
さて、香嵐渓とは言いつつも近くの足助城址が本来の目的であり、また明日にでも紹介したいと思います。せっかく写真を山ほどとったのにパソコンの調子が悪くアップできません。
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2009年08月24日

長篠城

永正5年(1508)菅沼元成が創築。菅沼氏は初め今川氏、のち徳川氏に属したが元亀2年(1571)武田信玄に与した。天正元年(1573)徳川家康が奪回し、奥平信昌を置く。同三年、武田勝頼が囲み、設楽原の決戦へとつづく。
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2009年07月22日

岡崎城

何度も訪れている岡崎城ですが、岡崎城は三河守護代西郷頼嗣が康正元年(1455)築城したと伝わる。大永4年(1524)松平清康が奪取して居城とする。清康の孫が徳川家康で天文11年(1542)この城で誕生。家康が今川家に人質の間、今川氏の城代が在城。家康は永禄3年(1560)に入城したが、元亀元年(1570) 嫡男信康にゆずって浜松城へ移る。天正18年(1590)家康の関東入部後は、田中、本多、水野氏を経て明和6年(1769)から本多氏が代々、5万石を領した。今週末、久しぶりに岡崎城へ行こうと考えています。
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